2009年11月29日 (日)

白浜温泉

に、行って来ました。

昔と違って高速道路が近くまで出来ていたので、わずか2時間半の行程です。

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三段壁。

傍らの建物を入ってエスカレーターで下まで降りると「熊野水軍の船隠し」の洞窟を見られるのですが、1,200円を惜しんで(笑)入らず。

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千畳敷。

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白良浜の真ん前にあった有間皇子の碑。大化の改新直後に悲劇的最期を遂げた皇子ゆかりの地です。

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宿から見た白良浜の夜景。命の洗濯でした。

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2009年9月11日 (金)

神農さん

堺では市長選が近づいています。それについて書きたくてうずうずしてるんですが、選挙前にあれこれ書くのも問題かもと思うので後日にまわしてみたりして。

北浜の道修町に出て「くすりの道修町資料館」を見学して来ました。行きたかったもんで。

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淀屋橋から歩いたところにある「OUI」。ランチをいただきました。

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北浜北西角、大阪俵物会所跡の石碑。大阪の長い経済活動の歴史の中心地です。

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その東向かい、大阪証券取引所前の五代友厚像。薩摩出身の政商で、大阪経済の発展に多大な貢献をしました。堺で土佐藩士が乱暴を働くフランス人を切る「堺事件」が起こると、解決に奔走もしています。黒い部分もある人ですけどね、でもなんとなく興味をひく人物です(笑)。

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旧三越跡。変わりようにボーゼン。2005年に閉店となってからこのあたりを歩く機会も無かったのですが、帰ってから調べると今年の3月に全てが完成していたのですね。商業施設、ホテル、マンションと全て揃った小さな街のようなもんです。なんでもマンションは分譲として日本一高いんだとか。どうも、昔の感覚だと北浜とかを「住む場所」とは考えづらかったんですが、もうそういう人間は古い人間なんでしょうねぇ。ミナミもマンション増えてますしね。

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神農さんこと少彦名神社。道修町の一角に面した狭い間口の入り口を進むと…

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立派な社殿が。

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その傍らにはこれも見事な欅?が。

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社殿内の神農さん像。恐ろしげなお姿ですが、古代中国の伝説の帝王、「三皇五帝」のうち「三皇」のひとりです。まぁ神に祀られるだけあって帝王と言うよりは聖人で、農業と医療を民衆に伝授し、毒の有無を自分で舐めて確かめたそうです。薬種商の町だった道修町の人々が大事にしてきた神ですね。合祀の少彦名は、これも医薬の神として知られます。

資料館はこの神社の社務所のビルの3Fです。お参りした後見学。江戸時代の道修町の様子や、商家の従業員の事など、面白く見学させて戴きました。常設展パネル解説を500円で購入。

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難波橋のライオン君。周囲はかなり変わっても、彼は昔から一緒です。

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特に川縁は変わりましたねぇ。まだ中之島線には乗った事が無い小生だったり。

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東洋陶磁美術館の傍らにたたずむ木村重成の表忠顕彰碑。かつてはこの場所にあった豊国神社の境内に建てられた碑ですが、神社が大阪城内に移転した後もこの地に頑張っています。明治期に元彦根藩士の西村捨三さんという方が建てた碑だそうで、大坂夏の陣で死闘を演じ、重成を討ち取った井伊家の関係者がいかに重成の忠勇に心打たれたかが偲ばれます。そして、300年経ってもその心が受け継がれていた事が素晴らしいですね。日本人が今では完膚無きまでに失ってしまった日本人の心の神髄を見る思いがします。これを「江戸時代は停滞の時代だから」と片付けては我が国の未来はありません。

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大阪市役所の中には、「水都おおさか」のイベント企画の一環として中之島一帯の模型が展示されていました。どうせなら着色してくれたらディオラマ・フィギュア好きの小生は萌えられたのですが(笑)。

このあと中之島図書館へ。先日桐野先生からご恵送戴いた『国華』所収の論文に関連する論文を見たかったのと、その他にもいろいろ閉架から出して戴いてお勉強して帰りました。

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2009年1月10日 (土)

商売繁盛で笹持って来い♪

標題のごとく、恒例の大阪は今宮戎神社の「十日戎」へ。

今夜と明日の天気予報が芳しくなかったので、宵宮の本日の参戦とあいなったわけです。

早い時間に行ったので、混雑は全然無く至って快適に難波からの道をすいすいと歩き、楽々と参詣を済ませ、笹を貰って、福娘さんに吉兆を結いつけてもらいました。

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それにしてもせっかくのお美しい福娘さんなのに、小生の携帯のデジカメはあまりにもお粗末……他の性能は満足しているのですが、デジカメだけのために買い換えるのもねぇ。

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2008年12月10日 (水)

岡崎から名古屋へ

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2日かけて岡崎・名古屋へ。

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岡崎城の北隣に移転した市立図書館。

すばらしい規模と内容で、度肝を抜かれました。

一日かけて史料を見てコピーなどして来ましたが、家康創業の徳川幕府の治世を網羅するという事でしょう、日本全国各地の県市史も揃っていて壮観です。ここに住んでいれば仕事が凄くはかどる事間違いない。

いやはや、本当に見事な施設です。

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夜は名古屋に出て栄で宿泊。目抜き通りにできていた観覧車のすぐ近くのホテルでした。

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翌日はまず名古屋城へ。

加藤清正石曳きの像。

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この頃はまだ天気は崩れていません。

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続いて中村公園へ。

豊臣秀吉誕生地。

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木下勝俊(長嘯子)屋敷跡。

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妙行寺(加藤清正生誕地)の清正像。

名古屋をあとにする頃、ちょうど雨が降り出したのでした。

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2008年7月 6日 (日)

京の夏

S社原稿、脱稿。

だいぶ余裕を持ってあげる事ができました。

前倒し前倒しでいかないと、いろいろ考えている事ができなくなってしまうので、今のペースをなんとか維持したいです。

Kyoto6 昨日は京都へ。天気予報は雨のち曇りだったのに、着いたらピーカン。

Kyoto7 川床の準備も進む鴨川畔では、鷺の撮影に夢中のカメラ好きさんたちが。ボクもカメラ好きなので一度鳥撮りにもトライしてみたいかな。

Kyoto17 街は祇園のコンチキチンのBGMが流れ、山鉾が近い事を実感させてくれました。写真は円山公園の坂本龍馬・中岡慎太郎像。

Kyoto19 高台院の「ねねの道」。実は、この日の第一目的だった場所は勘違いで開いておらず、持って来た一眼レフはただ重いだけの物体と化したのでした。

暑さとのダブルショック。ほぼ熱射病状態。

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2008年6月20日 (金)

ライフライン

と言っては不謹慎のそしりを受けるかも知れない話なのですが、

近所のローソンが改装休業となりました。

それも2軒。

資料のコピーやら、ゲラのコピーやら、コンビニの機器に依存している部分が非常に大きいので、こういう際は非常に困ります。

早く゛再開し゛て゛く゛れ゛~。

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2008年2月15日 (金)

ちなみに

寺町の寺院を地図にプロットするのに、昨夜2時間以上かかりましたimpact

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無謀か

小生なりに年明けから忙しい日々を過ごしているわけですが、

昨日になってさらに新たな任務が降って来ました(笑)。

大阪市の寺町をめぐり、写真を撮影して文章とともに紹介するというもの。

学研の『城と城下町』の大阪編向けにH社さんから戴いたお話です。

で、月末までに4本の原稿+3本の校正+1本の追加原稿とは別にそれをやれるか、という事なんですが、

「10ヶ寺×2セット」の内の1セットなら1日で回れるかな?

とか、

「2セットでもなんとかなるんじゃないの?」

とか、基本的にカメラや写真が好きなものですからたかをくくる傾向がどうしても出ます(爆)。

で、明日とりあえず真田山近辺から南下する形で行けるところまで行ってみようという事になりました。

でも、地図を見てると直接関係なくてもついでに行きたい場所も多々有って、円滑に任務を達成できるかは甚だ心許ない次第であります(笑)。

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2008年2月12日 (火)

安土で収穫、堺で喪失

2月10日、昨日来の雪はやみましたが安土へ向かう道の周囲はこんな光景。

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道はほぼドライ状態になっていたので、本当にラッキーでした。

Img_1747_2 080210_114804_2 安土駅前の信長公も心なしか晴天にほっとしたご様子。

080210_120354_2 安土城考古博物館で開催中の特別展「信長と安土城」を見学です。

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見学後、安土城跡へ。

相変わらず課金中の山中には入らず、

麓で最近発掘された南面大手口百々橋口のちょうど中間くらいの虎口を見学。

左が大手口寄り平虎口、右が百々橋口寄り枡形虎口です。

これが見られたので今回の安土行は目的を100%果たせました。

それにしても大手口の整備が進んでいてビックリしましたね。

大手口、その西東に連なるいくつもの虎口と、安土城の形状も

だいぶ従来のものとは異なる形で認識されはじめています。

Img_1789_3 その後は安土浄厳院へ。

Img_1799_2 同行のA氏のご尽力のおかげで同院所蔵の信長木像を拝見撮影させて戴けました。

通常は春(4/10)と秋の法要の際のみ開放公開です。

この予定外の信長木像とのご対面で、今回の達成率は200%に上昇。

Dcf_0064_2 帰阪して近所の○○卯(なか卯ではない)に行きましたが、

しゃぶしゃぶの味ががた落ちになっていてひどくショック。

以下、あくまで個人的感想です。

今まで何かというと必ずここのしゃぶしゃぶを食していたのですが、

具体的に言うとガンモ(ひろうす)と里芋が無くなり(記憶違いがあるかも知れません)、

タマネギが大量に投入されています。

このタマネギもいいものなのでしょうが、

そのせいですっかり甘い味になってしまい、

上質なダシの味と香りが台無しになっていました。

肉を食する際の定番はゴマだれとポン酢だれですが、

このポン酢だれの方もかつてのものとは似ても似つかぬどぎつい味のもの。

上品な酸味など、どこかに行ってしまっています。

さらに、ダシに使うすだちも無くなっていました。

この喪失感は大きいです。

次回からしゃぶしゃぶが食べたくなったらその南隣に出来つつある「木曽路」ででも

食べる事にしました。

○○卯は、次はうどんすきを食べてみて、こちらもダメだったらもう行きません。

というか、行けません。

味を保つためなら多少値上げされても我慢するのに、

一旦味を落とすともう信用は戻らないと思うんですけどね……悲しい……crying

Dsc02453_2 翌日堺旧市街を歩いていると、民家の脇に置かれた金魚の水槽を狙う鷺が(笑)。

でも水槽は蓋されていて、かの鷺氏は目的を達せず。

それにしても悠々として人をちっとも怖れません。

Dsc02449_2 南宗寺の紅梅。

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2007年11月 3日 (土)

「堺文化財特別公開」

文化の日、いかにも文化っぽいイベントへ。

堺の各所で通常非公開の社寺や旧跡を特別公開(1日から11日まで)中

http://www.city.sakai.osaka.jp/kanko/recommend/19bunkazaikokai.html

なのを、好天をもっけの幸いとして出かけて来ました。

Nansyuuji

南宗寺上空は透き通るような青空。

気温も高く汗ばむくらい。

南宗寺東隣の大安寺では、呂宋助左右衛門の屋敷を移築したといわれる本堂や、江戸初期の狩野派による障壁画に目を奪われ、松永久秀によって付けられたと伝わる柱の刀傷を見るのをすっかり忘れてしまいorz

Hongen_in 南宗寺山内の海会寺では○に二つ引き両の家紋が入った位牌に興味Oda_kuyoutouをひかれ、天慶院では武野紹鴎好みの茶室「大黒庵」 Komai_haka(復元)を拝見、にじり口でなく貴人口という、しゃがみこまなくても入れる入り口を備えた珍しい形式に目を奪われました。

写真は本源院とその寺内の織田信長・信忠供養塔、堺奉行駒井信義墓。このお寺は薩摩島津家の祈願所という事で、本堂には「薩州(公?)武運長久国家安(?)寧」   (うろおぼえで恐縮)と描かれた位牌形式のものが置かれています。日夜読経の際にこの位牌?を拝して祈願されたのでしょう。

Kanbukuro2

帰りはかん袋でくるみ餅を買って帰宅。

甘~くて美~味しい銘菓です。

http://www.kanbukuro.co.jp/

このHPにも、かん袋(和泉屋)の昔の当主が豊臣秀吉の大坂城天守閣の普請を手伝って、屋根に瓦を次々と投げ上げたという逸話が紹介されていますが、戦国時代の商人は時には武士に交じって戦にも参加するし、体力的になよなよしたようなのは生き残れなかった時代なんですね。

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