陳列状況
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H社さんからの頂き物。小生の文章にあおむら純先生がイラストを描いて下さったページに、あおむら先生がサインして下さいました。

以前にも書きましたが、あおむら先生は『学習漫画 少年少女日本の歴史』(小学館)http://skygarden.shogakukan.co.jp/skygarden/owa/sol_search?pat=a&text=%8F%AD%94N%8F%AD%8F%97%81@%93%FA%96%7B%82%CC%97%F0%8Ej
に出会って以来(小生、もう成人してましたが)小生の敬愛する方です。
家宝にします~(*^o^*)。
話変わって、先日ちょっと本に使う写真の撮影に出かけた際、東横堀川を渡って心斎橋に向かう途中にある住友銅吹所跡を通ったので炉跡などを撮影しました。
ちっちゃい炉です。寛永期(17世紀中頃)、住友家2代の住友友以(とももち)さん以来このささやかな炉(当時は「南蛮吹き」という最新式の精錬法を用いる炉だったそうで)にくべられた火は、明治維新後まで銅を精錬し続けました。
住友家といえば、
「いささかも浮利に趨(はし)り軽進すべからず」
という家訓があります。現在住友グループは三井グループと合流していますが、三井Gの方にも創業の三井高利にこんな家訓が。
「賢者能者を登用するに意を用いよ。下に不平怨嗟の声なからしむる様注意すべし」
「商売は見切り時の大切なるを覚悟すべし」
2大財閥の太祖たちの教訓は、「軽はずみにあぶく銭稼ぎに走るな、人事は不平が起きないようにせよ、ビジネスは見切り時が肝心だぞ」という事ですが、この末につらなる西川社長以下日本郵政の三井住友G閥の方々を見ると、軽はずみで郵政資産を安売りしようとし、内部どころか外部からも人事に不満の声を出され、見切り時を誤って地位に居座るという見事なトリプルプレーを演じているようです。今は火の消えたこの炉は、この醜態を見てどう感じているのでしょうね。
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標題の書籍2点が刊行されております。
『新・歴史群像シリーズ19 伊達政宗 奥州より天下を睨む独眼龍』(学研)
豊臣秀次事件に関して、従来語られていない一の台がらみの疑獄について触れ、政宗の切り抜け方を描かせて戴きました。あと、政宗と金、政宗と家族について。
『石田三成 復権!400年目の真実』(新人物往来社)
巻頭に大河『天地人』で変なヘアスタイルの(笑)三成を演じておられる俳優の小栗旬さんのインタビューあり。趣旨からして三成・兼続LOVEな本ではありますが、拙稿はなるべく突き放して書いたつもりです。関ヶ原の戦いでの家康挟撃計画がなぜ実現しなかったかについてちょっと珍しい視点で。
なにとぞよろしくお願い申し上げます。
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訃報2件。まぁ、マイコーの場合は小生的には当時洋楽分野でトップの注目度ではありませんでしたし、「スリラー」は面白かった、程度の感想しかなかったので普通にご冥福をお祈りするだけです。ファラの方は、標題の通り小生の中では今でも「メジャース」付きの名前の固定観念が抜けないので困ったりします。ちょうどTV『600万ドルの男』を楽しんだ世代ですので、リー・メジャースの奥方としての彼女、というのが焼き付いてしまっているのです。彼女にとっては9年間に限定された名前でしか無かったのに、ね。でも、『チャーリーズ・エンジェル』(の第1シーズンのみ)で一世を風靡した時代の名前が、今でも視聴者の印象に残っているというあたり、俳優というものの強烈なメモリー性を表しているのではないでしょうか。
これだけではなんなので、最近クスリと笑った事(モノ)。
仕事で来た郵便物の宛先住所の〒マーク。
こういうビジネスレターでも郵便坊や(というよりバカボンのパパか?)を描く方(しかも初めての接触で)のユーモアセンスに乾杯!一度お目もじしたいものです(笑)。
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標題の書籍がPHP研究所様から発売となりました。
http://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E5%9B%BD%E7%BE%8E%E9%BA%97%E5%A7%AB%E5%9B%B3%E9%91%91-%E6%A9%8B%E5%A0%B4-%E6%97%A5%E6%9C%88/dp/4569709540
戦国時代を舞台として活躍した姫君様たちのデータベース&萌えキャラ化本で、データベースの部分を小生が執筆致しました。解説文は至ってマジメです。
やっぱりこういう企画は目をひくのか、あるいはPHPさんのプロパガンダがうまいのか(後者でしょうね)、わりといろいろなところでとりあげられています。
こちらとか
http://news.walkerplus.com/2009/0612/12/
あるいはこちらとか
http://marunao2.blog120.fc2.com/blog-entry-2106.html
はたまたこちらとか
http://www.ota-suke.jp/product/29265/%E6%88%A6%E5%9B%BD%E7%BE%8E%E9%BA%97%E5%A7%AB%E5%9B%B3%E9%91%91
もいっちょこちらとか
http://mainichi.jp/enta/mantan/graph/book/20090611/
。
そちら方面を守備範囲とされる方も、フツーの戦国ファンの方も、どちらもお楽しみ戴けると思いますので、ご興味がおありでしたら是非よろしくお願い致します。
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サボりまくりでしたonブログ。
とにかくここしばらくの間とても大変だったもので、とてもとてもブログ書く余裕もなかったわけで、やっとこさ懸案事項がとりあえず一段落しました。お陰様でございます。
さて、そういうわけで『天地人』もなにもかもすっかり貯まってしまってますので、徐々に追いついていきたいと思います。やっぱり毒も吐かないとストレスになっちゃいますし(笑)。
で、今回はもう発刊されてひと月以上経ったんですが、近刊紹介です。
絶版となっていた『知れば知るほど面白い 真田幸村』の文庫化版です。ほとんど手は入れていません。最近になってちょっと要加筆の部分を見つけてしまいました。後悔先に立たず。さてそれはどこでしょう(^ー^;)。
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前回の放送の録画を再度視聴。見落としてたんですが、北条高広が暗殺されてたんですね、この部分、異常な萎えによる集中力低下で気付かなかったようです(笑)。実際には死んだのは子の景広なんですが、一緒くたにされてしまったんでしょうか、お粗末な話ですね。それに気付かなかった小生もお粗末ですが(笑)。
また、遠山康光の不気味な笑みは、あれはひょっとして道満丸や北条高広の死をすべて彼の「陰謀」だった事にしようという脚本家の「陰謀」だったんでしょうか。でも、百歩譲って康光が「陰謀家」でこのあとも生き残ったとしても、すでに敗戦が目の前にある状況で道満丸を人質に出してでも講和が成立すれば、間近な雪解け後にふたたび北条からの援軍を期待する事もできた筈。武田に対する牽制にもなって、再起を十分に期す事ができる計算になると思うのですが。この計算はおかしいですかね?
さて、今回。うじうじと悩む兼続に対し「そちを家老に加えようと思っていた」と景勝。前髪残した家老なんてあるもんか(大笑)。それに対し「勝手な事をしたのはこの私なのに」。よく判ってるじゃないですか、兼続。
まぁそんな漫才はさておき、景勝は菊姫と結婚します。彼女だけは結婚後ちゃんと前髪姿ではなくなっていました。景勝、兼続、見習えよ。そういえば、『甲陽軍鑑』では彼女は景勝との結婚以前、長島願証寺の5代目佐尭の子だったかと婚約していた、という説明がありましたが、このドラマでは割愛されたようです。新田次郎の『武田勝頼』ではこの設定でかなりドラマチックな悲劇を創出していたような記憶がありますが。
菊姫の輿入れは10月20日。これをもって武田勝頼はそれまでの建前の中立姿勢から景虎の死を受けて正式に景勝との攻守同盟に転じた事になります。
刃をもって迫る菊姫に対し、「武田氏を守る事は約束できぬ」と景勝。政治の本音の部分としてはまさにその通りですが、これはどうなんでしょう。当時の武田氏は、景勝との連携によって北条氏とは断交したものの、長篠戦の痛手も癒え、織田との講和を画策し、東上野や伊豆にも軍を働かせています。どちらかといえば余裕のあるのは武田の方でしょう。実際、翌天正8年12月には景勝が勝頼に「来春越中表出馬に於いては、御助勢の事」と越中への出陣に際しての武田からの援軍を期待する書状を送っていますから、景勝の方が菊姫に「上杉を守るためよろしく」と頭を下げなければならないのではないでしょうか。
そんな状況を織田信長がくるみをもてあそびながら評論していましたが、懐かしいですね、くるみ。昔「月影兵庫」で近衞十四郎さんがニギニギグリグリされてたのを思い出します。一方、浜松城で景勝の婚儀の報告を受けるのが近衞十四郎の子の松方弘樹さん演じる徳川家康。どう見ても信長より9歳下には見えません(^ー^;)。
そしてやはり御館の乱後の越後の紛争はナレーションで一瞬にして終了(T_T)。徹底的に合戦排除。小芝居より合戦入れて下さい。いかにも朝の連ドラチックでちょっと前の少女マンガって感じな雪割草を囲む小芝居より合戦を。それにしても紅葉とか彼岸花とか雪割草とか、つくづく戦国ドラマらしからぬ綺麗綺麗な画面ばかりが目につくのは、あからさまにターゲットとなる視聴者層を想定しているのでしょうね、あからさますぎて綺麗というより安っぽくて下品なのは困りものですが。
最後に家老の座に推された兼続。直江信綱・吉江宗信といったうるさ型の先任家老たちはいつの間にやら兼続を高く評価(笑)。信綱に至っては「共にお家のために尽くそうぞ、困った時は力になる!」と完全に兼続シンパに。直後に起こる信綱遭難を盛り上げる伏線としてはあまりにも幼稚です。逆に最後まで兼続を嫌ったのに、死の時には「上杉家を頼む」と言葉を遺す方が漢(おとこ)だ、と思うのですが。
樋口家は上田長尾家の家臣の家ですから、兼続はそのままでは上杉家の家老職には就けません。そのために空席となった直江家家督を継いで資格を得るわけですが、その順序が逆になったのはやはりお船とのロマンスをロマンスとして成立させるために「家老にするために直江家を継がせた」という政治臭を除くため?
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いよいよグダグダな御館の乱も大詰めです。吉江宗信が「景勝側では逃げ出す雑兵どもが後を断たないようです」と景勝に上申。実際、天正7年(1579)2月13日には「館、巣城ばかり」といった状況になり「日々落ち来たる者」たちが「力無く沙汰の限り」だと御館内の様子を語っています(『登坂清忠他宛景勝書状』)。
結局上杉憲政は最後まで登場せず。御館の主であり、景虎の大義名分の源泉(前関東管領にして謙信の義父)だった憲政を完全に無視した事によって(あと、揚北などの国人衆対立も描かず)、本ドラマにおける御館の乱はニセ名分を振りかざす景勝側とそれを否定する景虎側という子供の喧嘩のようなスケールの小さい殴り合いに終わったのでした。
大勢が決したと悟った景虎は、息子を人質として景勝に渡し降伏しようと決意。ですがなんと息子の道満丸は途中で襲殺されてしまいます。これについては後で述べましょう。あげくの果て、遠山康光まで景虎を見限り、「北条へ戻ります」と去って行きました。これは康光の名誉にかかわる問題です。
史実では康光は景虎とともに自害。北条氏康の「康」を頂戴しその姉妹を娶って景虎の義理の伯父でもあった康光が、景虎の最期にあたって後見の任務を放棄し景虎を見捨てて離脱する事などあり得ないのです。最後に振り返ってわずかに笑みを浮かべていた康光でしたが、実際には自害していて今後は登場する事もない筈なのに何の意味もなさない無駄な演出だったと思います。
景虎のもとに駆けつけた兼続は、道満丸の死を、どこの誰ともわからない「景虎様の降伏を良しとしない者」によって殺されたと弁解します。本当はこの道満丸を伴って春日山城に赴き、講和を斡旋しようとしたのが憲政だったのですが、おそらくドラマの制作者はここで憲政を殺すと「降伏を良しとしない」だけで謙信の義父まで殺す者が景勝サイドに居てはまずいと判断して最初から憲政を出さなかったのでしょうか。しかし、憲政の存在の抹殺も、道満丸殺害の犯人を「景勝派の中の和平反対の何者か」としたのも、モノを書く者にとっては一番安易な逃げ方だと思います。本当の「義」とは、信じる人や道のために時には心を鬼にして邪魔者を排除し、その責めは自分で負う覚悟ではないでしょうか。それさえも出来ず、道満丸や憲政の死から景勝や兼続を守る生温かい「ゆとり」シナリオでは「義」を兼続らに発揮させる事さえできませんよ、ね。それどころか、死にゆく景虎に接して兼続また泣いてるし。「二度と泣かない」と宣言してから何度泣いてる事か。泣くのがコヤツの「義」なのでしょうか。脚本家氏は以後の兼続の人格を規定する事になる筈だったこんな重要なセリフを書いた事すらも覚えていられないのでしょうか。
先日友人たちと会う機会がありましたが、やはりこの大河を見て「これは史実だ」と思っている人が多いようです。「だって、NHKだし、最後には史跡紹介して本編と関連づけて説明してるし」との事。最後に「このドラマはフィクションであり登場する人物・団体は実在のものとは一切関係ありません」とキャプションを入れるべきかも知れませんね、今回の大河に関しては。それぐらい、「酷い」です。「功名が辻」のねつ造ぶりがワーストかと思っていたら、さらにうわてが来るとは思ってもみませんでした。
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標題の書籍を著者の桐野作人先生からご恵贈いただきました。
篤姫を始め、幕末~明治初期を彩った多士済々の薩摩人や機縁のひとびとの逸話が満載です。
http://minami-ru.net/373kc-book/373book/s-satumajinn.html
この場を借りて厚く御礼申し上げます。
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そんなわけでスッカリほとぼりのさめた頃に感想をアップする第14回目分です。
冒頭から「武田が寝返れば形勢は逆転できる」とか言ってますが、武田は寝返ったわけではなくあくまで中立になっただけ。攻守同盟ではなく不戦同盟です。武田が戦線に参加しなくても、景虎側にはまだ北条の後援があり、しかも西方には織田の脅威も控えている中では、景勝側の外交面での不利さは変わりません。ただ、内戦面では景勝側に歩がある、というのがこの段階での状況でしょうか。
武田勝頼はこのあと景勝と講和すると、景勝・景虎の二者を和解させようと仲介の労までとります。兼続は「味方につける」などと言ってましたが、実際には景勝は武田の参戦を止めるためだけに信濃北端と東上野の支配権を放棄する、と提案したわけです。ここのところ、ドラマには重大な作為があります。
ドラマでは前回高坂昌信との「予備交渉」が描かれましたが、その後昌信は死去(5月7日)、武田は予備交渉の内容など知らずその後進軍を開始。兼続は頭を冷やすためにと幽閉されていました。一応武田軍の始動は5月中旬ですから、時間的な平仄はかろうじて取れているようです。
景勝側のジレンマが深まる中、仙洞院がお華に「謙信の遺言」の虚構をバラします。今更バラして何の得があるのか。意味が分かりません。「この事は景虎には言わない」というお華の心情は、母を庇いたいという事なのでしょうか。だとしたら、お華にも秘密を背負わせる仙洞院は見下げ果てた母親です。良心の呵責に苦しむのは彼女だけで十分。
武田と交渉を、と動く兼続に対し甘糟景継ら小姓団は「上杉の誇りはどこに行った!」と詰りますが、黄金を与えるより、領地を割譲する方が上杉の名誉に差し障ると思うのですが。そのうえ、意味不明なトランス状態に入った景勝、なぜかコロリと兼続を赦します。そして、兼豊から頭を下げられた小姓団も、なぜか兼続を赦す。メデタシメデタシ。この辺の理屈は小生にはよく理解できませんでした。ゴメンで赦されるなら警察はいらん、みたいな。
結局景勝は勝頼に黄金1万両を贈り、また勝頼の妹の華姫を娶るという条件で中立を保たせ、上杉―武田不戦同盟を結びますが、面白いのは勝頼との和睦の直後にその家臣の内藤昌月に青銅500疋を贈り、翌年4月には勝頼側近の長坂釣閑斎や跡部勝資から「約束の黄金50枚を早くよこせ」と催促されています(『上杉御年譜』)。なんかもう、義もへったくれもない買収攻勢だったんですね。
それはともかく、信長って、初音とセットでないともう出ないんですかね?なんか、ワイドショーの評論家のようなコンビですね。あーでもない、こーでもないと虚しい論議を楽しんでるだけで。もう、初音が出てくるだけで激しく萎えるんですけど。
最後に重箱の隅のオマケ。このドラマに限らず気になっているのが、「公」の使い方です。兼続も「上杉謙信公」「武田信玄公」と「公」を多用していますが、「公」はこの時代朝廷の大臣職経験者にしか用いられない筈で、謙信・信玄の場合は最終官職がそれぞれ従五位下(のち従二位を追贈)弾正少弼、と従四位下(のち従三位を追贈)、大膳大夫・信濃守ですから、追贈後に参議・三位以上への敬称である「卿」をつけるのが本来精々なんではないでしょうか、自信は無いですが。信長や秀吉、家康の場合はそれぞれ大臣を経験していますから、「信長公」「秀吉公」「家康公」で良いんですけど、ね。
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